『藤田嗣治作品をひらく 旅・手仕事・日本』

藤田嗣治 作品をひらく―旅・手仕事・日本―

藤田嗣治 作品をひらく―旅・手仕事・日本―

☆☆☆☆★

2008年サントリー学芸賞【芸術・文学部門】受賞作。なにしろ、あとがき含め総ページ数511ページの大著である。なんどとなく頓挫しそうになったが、それでも読了まで至らせたのは、作家・藤田嗣治とその作品を明らかにしようとする著者の熱意だったと、読み終えてちょっとしてから思う。全15章に分かれ、加えてコラムもついた本書のなかで印象的なのは、藤田作品の代名詞である「乳白色の下地」の謎をその製作過程を分析することで明らかにする「第5章 「乳白色の下地」の謎」である。また、藤田の「戦争画」の誕生を、1920年代のパリ滞在時からの日本政府とフランス政府とのあいだで「国際的画家」として活躍した(せざるをえなかったった)藤田に迫る「第Ⅲ部 パリの日本人美術家―1920年代後半」、その後、パリを離れ南米やアジアを旅することで壁画という制作対象を得、それが後の「戦争画」の諸大作の前段階となったことを追いかける「第Ⅳ部 旅する画家―1930年代〜50年代」の二部は、藤田という一作家を中心に、一時代の終焉を迎えるヨーロッパと、戦争政策の一部に美術を巻き込んでゆく日本の姿を描き出している。最初は、「乳白色の下地」に関心があったのだが、結果的には、「戦争画」の藤田のほうが面白かった。口絵に代表作のカラー口絵があるばかりでなく、各ページに挿絵が挿まれているので、ペラペラめくっても楽しい。でも、もちろん511ページにめげずに全文読むともっと楽しいよ。一点、個人的にはこの本全体の実証的なトーンのなかで、唐突に本文中に登場する「他者性」とか「公共性」とかいった哲学的な述語がこそばゆい感じがした。もう十分に資料が語っているのだから*1、わざわざそんな言葉使わなくてもよかったように思う。

*1:最初「騙っている」になっていた。ひどいね。